受動喫煙対策に関する法律・条例の解説(改正健康増進法の解説を中心に)

2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて、タバコ規制に関する議論が行われてきましたが、平成30年7月18日に、「健康増進法」の一部を改正する法律(以下では「改正法」といいます。)が国会の承認を経て成立しました。

この改正法は、2020年4月1日から施行されますが(一部を除く)、特に飲食店を営んでいる事業者には影響が大きい改正ですので、正確に理解し、対処する必要があります。

そこで、健康増進法の改正により、飲食店での喫煙に対してどのような規制がなされるのかをまとめました。

1.現在の法規制

現在、受動喫煙を規制する法律には、以下のものがあります(注1)。

① 健康増進法25条

学校、体育館、病院、劇場、観覧場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店その他の多数の者が利用する施設を管理する者は、これらを利用する者について、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされることをいう。)を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならない。

② 労働安全衛生法68条の2

事業者は、労働者の受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされることをいう。第七十一条第一項において同じ。)を防止するため、当該事業者及び事業場の実情に応じ適切な措置を講ずるよう努めるものとする。

上記の規定は、いずれも努力規定であり、義務違反に対して罰則があるわけではありません。

これに対し、今回の健康増進法の改正は、罰則付きで、喫煙に対する規制をしています。

2.施設内での喫煙は今後どうなるのか?

改正法では、(A)学校・病院・児童福祉施設、行政機関等と、(B)その他の多数の者が利用する施設(飲食店含む)を区別して規制をかけています。

Aの施設では、屋内及び敷地内禁煙が原則で、例外的に、屋外で受動喫煙防止措置がとられた喫煙スペースを設けることのみ許されています。

他方、Bの施設では、屋内禁煙が原則で、例外的に、喫煙専用室内でのみ喫煙が可能とされています。

(喫煙専用室のイメージ)

*「健康増進法の一部を改正する法律 参考資料」13頁より引用

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000189195.html

但し、注意が必要なのは、喫煙専用室内では、喫煙のみ可で、飲食などは不可ということです。また、20歳未満の者を喫煙専用室内に立ち入らせてはいけません(客だけでなく20歳未満の従業員も喫煙専用室内に立ち入らせてはいけません)。

屋内 敷地内
A 学校・病院・児童福祉施設等、行政機関、旅客運送事業自動車、航空機 禁煙

(喫煙専用室設置不可)

原則禁煙

(喫煙場所設置可)

B 上記以外の多数の者が利用する施設(飲食店含む)、旅客運送事業船舶、鉄道 原則禁煙

(喫煙専用室設置可)

定めなし

3.既存の小規模飲食店には例外あり

改正法施行後も、既存の飲食店のうち小規模の店舗については、引き続き店内での喫煙が許されています(喫煙専用室設置不要)。

これは、経営規模の小さい事業者が運営する飲食店についてまで、直ちに喫煙専用室等の設置を義務付けると、事業の継続に影響を与えることが考えられる(物理的に喫煙専用室を設けるスペースがない、あるいは、物理的には可能でも費用が工面できない店舗では、禁煙にせざるを得ないが、それだと客離れが懸念される)ことから、喫煙専用室等の設置を一定期間(別に法律で定める日までの間)、猶予するというものです。

この猶予措置を受けられるのは、以下の要件を満たす飲食店です(これを「既存特定飲食提供施設」といいます)。

3.1 既存特定飲食提供施設の要件

① 既存の飲食店であること

② 経営主体が個人または資本金5000万円以下の会社であること

③ 客席面積が100㎡以下であること

3.2 既存の飲食店とは?

既存の飲食店に該当するためには、改正法施行時(2020年4月1日)に営業を行っている飲食店でなければなりません。

また、法施行後に、店舗に何らかの状況の変更があった場合に、引き続き、「既存の飲食店」に該当するかどうかは、「事業の継続性」、「経営主体の同一性」、「店舗の同一性」等を踏まえて総合的に判断されます。

例えば、2020年4月1日時点では、焼肉屋だった店舗が、2021年4月1日に喫茶店に業態を変更した場合には、その喫茶店は、事業の同一性や店舗の同一性を欠くため、「既存の飲食店」に該当しない可能性があります。

ちなみに、国交省によると、飲食店全体の約55%程度が、この猶予措置の対象になると推計されています。しかし、新聞報道によると、東京都内の飲食店の9割近くが喫煙可能となってしまうそうで、規制の意味がないと批判されています。

4.加熱式たばこについては専用の喫煙室内で飲食可

厚生労働大臣の指定を受けた加熱式たばこ(プルームテック、アイコスなど)についても、原則は禁煙で、例外的に専用喫煙室内でのみ喫煙可、専用喫煙室内に20歳未満の者の立入り不可(従業員含む)という規制は、紙巻きたばこと変わりません。

しかし、紙巻きたばこの場合は、喫煙室内での飲食は不可ですが、加熱式たばこの場合は、加熱式たばこ専用の喫煙室を設ければ、当分の間は、そこでの飲食が許されます(わざわざ加熱式たばこ専用の喫煙室を設ける経営上のメリットがあるのかどうかは疑問ですが)。

5.改正健康増進法施行後は、どのような対応をすれば良いのか?

5.1 学校・病院・児童福祉施設等の場合

改正法施行後は、屋内は全面禁煙にしなければなりません。現状、屋内に喫煙室を設けている場合は、撤去する必要があります。

また、敷地内も原則禁煙ですが、受動喫煙対策を施した喫煙場所を設置することは許されていますので、改正法施行日までに、そのような喫煙場所を設置することも検討されます。

5.2 多数の者が利用する施設、飲食店(既存の小規模な飲食店を除く)の場合

改正法施行後は、屋内を全面禁煙にするか、喫煙専用室を設置し、その中でのみ喫煙可とする方法があります。

そして、喫煙専用室を設置した場合には、そこでの飲食を禁止し、20歳未満の客や従業員を立ち入らせないようにしなければなりません。

なお、加熱式たばこ専用の喫煙室を設置した場合に限り、喫煙室内での飲食も可能です(20歳未満の者の立入は不可です)。

5.3 既存の小規模な飲食店の場合

現状、喫煙可としている店舗は、改正法施行後も引き続き、店内喫煙可とできます。分煙措置を施す義務もありません。

但し、分煙措置(喫煙専用室と同等の煙の流出防止措置)を施していない店舗の場合、20歳未満の者(客、従業員)を店内に立ち入らせることができないため、20歳未満の客が多い店舗(ファミリー向けの飲食店など)の場合は、分煙措置を施すか、店内全面禁煙にした方が良いと思います。

反対に、20歳未満の客がほとんど来ない店舗(居酒屋など)の場合は、現状のまま営業をすることが可能です。

施設の種類 改正法施行後の対応
① 学校・病院・児童福祉施設等 屋内、敷地内全面禁煙にする。

*敷地内に喫煙場所を設置することは可

② ①以外の多数の者が利用する施設

(③を除く)

A 屋内全面禁煙にする。

または

B 分煙措置(喫煙専用室設置)を施す(但し、紙巻きたばこを吸える喫煙専用室内での飲食不可)。

③ 既存の小規模な飲食店 A 屋内全面喫煙可にする(但し、20歳未満の者の屋内への立入不可)。

または

B 分煙措置を施す(但し、喫煙スペースには20歳未満の者の立入不可)。

または

C 屋内全面禁煙にする。

 

6.改正法により課される義務の内容と罰則(主なもの)

6.1 全ての者に課される義務

① 喫煙禁止場所での喫煙の禁止

② 紛らわしい標識の掲示、標識の汚損等の禁止

6.2 施設等の管理権原者に課される義務(①、②に加えて課される義務)

③ 喫煙禁止場所での喫煙器具、設備等の設置禁止

④ 喫煙室内へ20歳未満の者を立ち入らせることの禁止

6.3 義務違反に対する罰則

上記①~④の義務違反に対しては、最初は、都道府県知事等の指導により対応することになっています(実際には、都道府県の担当職員を通じて、口頭または書面で指導をするのだと思います)。

しかし、そのような指導を受けたにもかかわらず改善が見られない場合は、最終的に、罰金(過料)を科されたり(①~③に違反した場合)、義務違反をしていることを公表される(③に違反した場合)ことがあります。

規制の対象者 義務の内容 罰則
全ての者 ① 喫煙禁止場所での喫煙の禁止 過料
② 紛らわしい標識の掲示、標識の汚損等の禁止 過料
施設等の管理権原者 ③ 喫煙禁止場所での喫煙器具、設備等の設置禁止 公表、過料
④ 喫煙室内へ20歳未満の者を立ち入らせないこと なし

 

7.改正法以外にも注意が必要

7.1 使用者の労働者に対する安全配慮義務

先ほど労働安全衛生法は、努力義務であり、罰則はないと述べました。これは、そのとおりなのですが、使用者には、労働者に対する安全配慮義務というものがあり、受動喫煙防止対策を何も施さないと、安全配慮義務違反を理由に、労働者から損害賠償請求を受ける可能性があります。

現に、このような訴訟も何件か提訴されており、会社側が700万円という高額の和解金を支払ったケースもあるようです(厚労省労働基準局の「第1回職場における受動喫煙防止対策に関する検討会」の資料3-2「受動喫煙をめぐる訴訟の動向」にて紹介されています。資料は下記ホームページから参照できます)。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/07/s0709-17.html

今回の改正健康増進法では、既存の小規模な飲食店では、分煙措置を採らなくても健康増進法違反にはなりませんが、従業員が受動喫煙を原因として健康を害した場合には、その従業員から損害賠償請求をされる可能性があることに注意が必要です。

7.2 上乗せ条例があれば、それも守らなければならない

2018年8月現在、東京都、神奈川県、兵庫県及び北海道美唄市では、施設内での受動喫煙防止を目的とした受動喫煙防止条例を設けています。

○ 東京都:東京都受動喫煙防止条例

○ 神奈川県:公共的施設における受動喫煙防止条例

○ 兵庫県:受動喫煙の防止等に関する条例

○ 北海道美唄市:受動喫煙防止条例

今回改正されるのは、健康増進法という法律ですが、憲法94条は、「地方公共団体は、・・・法律の範囲内で条例を制定することができる」と規定していますので、条例によって、健康増進法と異なる規制(場合によっては法律よりも重い規制)をすることが許されるのかが問題となります。

これについては、法律が全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく、地方の実情に応じて別段の規制を施すことを容認する趣旨である場合は、法律と条例の抵触問題は生じないとする最高裁の判例(*1)があります。

今回、受動喫煙防止のために改正された健康増進法は、条例でより重い規制(法律より重い規制を課す条例を「上乗せ条例」と言います。)を施すことを禁止する趣旨ではないと考えられますので、各自治体の定める条例によっては、既存の小規模飲食店でも喫煙不可となる場合も出てくると思います。実際に、東京都では、既存の小規模飲食店であっても、従業員を雇用している店舗については、喫煙専用室の設置を義務づけています。

そのため、今後は、各自治体の条例の改正動向にも注意する必要があります。

8.終わりに

日本は、「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」という条約に締結しています(締約国は2017年7月14日現在で181か国)。この条約の第2回締約国会議では、受動喫煙法規制に関していくつかの原則が確認されました。

その中の一つを最後にご紹介します(注4)。

(原則1)

WHO枠組み条約第8条が予想しているように、受動喫煙からの保護のための有効な方策を実行するためには、特定の場所あるいは環境における喫煙とタバコ煙を完全に除去して、100%タバコ煙のない法的環境を作り出す必要がある。

タバコ煙曝露に安全レベルはない。

また受動喫煙の毒性に閾値があるという考えは棄却さるべきである。

なぜなら、そのような観念は科学的証拠により否定されているからである。

換気、空気清浄機、喫煙区域の指定(換気系を分離していようといまいと)など、100%タバコの煙のない法的環境を実現する以外の解決策が無効であることはこれまでに繰り返し証明されてきた。

そして、工学的解決策は受動喫煙からの保護をもたらさないという科学的な確定的証拠が存在する。

タバコを吸う方も吸わせるお店も、受動喫煙は「快不快という気持ちの問題」ではなく、「健康被害の問題」であることを認識し、非喫煙者に配慮するようにしましょう。

<参考文献等>

*注1

片山律「現在存在する受動喫煙規制(法律、条例)及び厚労省案の検討~受動喫煙規制関係法令の現在と今後の立法動向~」(自由と正義2018年1月号)p.26以下参照

*注2

最大判昭和50年9月10日最高裁判所刑事判例集29巻8号489頁

*注3

http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kensui/tokyo/kangaekata_public.html

*注4

http://www.nosmoke55.jp/data/0707cop2.htmlのサイトから引用しました。

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