契約書に契約締結日として記載すべき日付についての考察(バックデートの可否等)

契約書には締結日を記載する箇所があると思います。この個所に記載すべき日付をいつにするかは時に実務上悩ましいことがあります。この記事では、そのような悩みに直面した時の考え方について検討してみたいと思います。

なお、ここでは基本的に企業間の取引を前提に検討したいと思います。

1.契約はいつ成立するか

契約締結日とは契約が成立した日のことなので、まずは法律上いつ契約が成立するか確認したいと思います。

民法上、契約は、一方当事者が契約内容を示して契約締結の申込みの意思表示をし、相手方当事者が承諾の意思表示をしたときに成立するとされています(民法522条1項)。また、契約締結の方式は原則として自由であり、書面の作成も要しないとされています(民法522条2項)。そのため、理屈としては、一方当事者が口頭で契約締結の申込みをし、相手方当事者がそれを口頭で承諾すれば、契約は成立することになります。

もっとも、企業間の取引では、契約条件が多岐にわたることが多く、そういった契約では契約書を作成しないと契約条件を合意することは事実上不可能ですので(口頭では契約条件すべてを伝えるのは不可能ですし、記録化・証拠化もできません)、書面でのやり取りをするのが通常です。この書面は、契約書という方式をとることもあれば、注文書、注文請書といった方式をとることもありますが、注文書、注文請書の場合、作成日付をいつにするか迷うことは通常ないと思いますので、ここでは契約書に絞って論じたいと思います。

上記のように契約書の締結により契約を成立させる場合、一般的には、契約当事者双方が契約書に署名(サイン)または押印(印鑑を押捺)したときに契約が成立するものと考えられています。そうすると、契約当事者双方が契約書に署名または押印した日が契約成立日であり、その日を契約締結日として契約書の締結欄に記載すればよいことになります。仮に、契約当事者双方が同じ日時に同じ場所に集まり、一緒に署名、押印する場合であれば、特に悩むことはありません。

2.当事者間で契約書への押印のタイミングが異なる場合

それでは、以下のような流れで契約が締結される場合はどうでしょうか。

① 一方当事者(「A社」といいます)が契約書のドラフトを相手方当事者(「B社」といいます)に提示する。

② B社にて契約書のドラフトをレビューする。契約書の修正が必要な場合、契約書を修正してA社に返す。

③ A社にてB社が修正した契約書のドラフトをレビューする。契約書の更なる修正が必要な場合、契約書を修正してB社に返す。

④ A社、B者間で契約書の内容を合意(フィックス)するまで、②、③を繰り返す。

⑤ A社、B社間で契約書の内容に合意する(この時点では契約書に押印しておらず、あくまで双方とも押印のプロセスに進むことに合意しただけ)。

⑥ 一方当事者(例えばA社)にて契約書原本を2通製本し、押印したうえで、相手方当事者(この場合B社)に送付する。

⑦ B社にて契約書原本2通に押印し、A社に1通を返送する(A社とB社が押印された原本各1通を保管する)。

⑧ A社、B社それぞれ契約書の定めに従って取引を開始する。

上記のように、企業間の取引では、当事者間(上記の例でいえばA社とB社)で押印するタイミングが異なることもあり得ます。この場合、契約書に記載する契約締結日はいつの日付にするのが正しいのでしょうか、

まず、⑤の時点が候補として考えられます。当事者双方が契約内容に合意していますし、民法上、契約は原則として口頭でも成立することから、⑤の時点で合意がされたとして⑤の時点を契約締結日とする考え方です。

しかしながら、企業間の取引の場合、通常、署名または押印がなされるまでは、会社としての正式な意思表示があったものとはいえないと考えられますので、⑤の時点で契約が成立したと考えるのは難しいでしょう。

そうすると、当事者双方の署名または押印がそろった⑦の時点を契約締結日として考えるのが正しいと言えます。実務上も、契約書の締結日は空欄としておき、B社が押印したときに(B社にて)締結日を記入するという方法が取られることがあります。

3.契約締結前に取引を開始した場合

契約締結日の考え方は上記の通りなのですが、企業によっては社内の押印手続き(署名の場合も同様ですが、署名より押印が一般的だと思いますので、以下では単に押印手続きと記載します)に時間がかかることがあり、契約内容の合意ができても、その後、契約書に押印するまでに時間がかかることがあります(数日の場合もあれば、1週間前後かかることもあると思います)。特に、大企業同士の取引だと双方の押印に時間がかかるため、当事者双方が契約内容に合意してから、契約書に双方の押印がなされるまでに1、2週間かかることも珍しくはないと思います。そうすると、押印手続きに時間がかかる分取引に入るまでのスピードが落ちてしまうことになってしまいます。例えば、急ぎのシステム開発の案件のように、一刻も早く作業に取り掛かりたいという取引もあると思います。

このように、契約書への押印が完了することを待つと取引の実行が遅れてしまうため、急ぎの取引の場合には、契約書への押印を待たずに取引を進めることもあります。その場合、相手方が契約書に判を押さないかもしれないというリスクがあるわけですが、当事者間の信頼関係のもと、そのリスクは低いと考え、取引を進めてしまうのです。

契約書への押印が完了し、正式に契約が成立してから取引を開始するか、それとも多少のリスクを取って契約書への押印を待たずに取引を開始してしまうかは、会社ごとに判断が異なるとは思いますが、仮に、後者を選んだ場合、取引は契約書への押印よりも前に始められているため、契約書の締結日をどうするか迷いが生じます。

この場合も、やはり契約は双方が契約書に押印したときに成立すると考えられますが、そうすると押印よりも前になされた取引はどうなってしまうのでしょうか。何ら契約の根拠がなく行われたというよりは、実際に取引が開始された日(押印日より前の日)に遡って契約の効力を生じさせたい(これを遡及効といいます)、というのが当事者の合理的な意思であるでしょうから、何らかの方法で遡及効を持たせるのが合理的です。その方法として実務上は、契約の締結日を遡及させる(バックデートする)方法を取ることがあります。すなわち、契約書は、契約の締結日から効力を生じるのが当事者の通常の合理的な意思であると考えられるところ、契約の締結日として、実際の契約成立日(当事者双方の押印が実際にそろった日)とは異なる日が契約書に記載してある場合は、その日(契約書に契約締結日として記載してある日)に遡って効力を生じさせる契約であると解釈できることから、契約書の締結日を過去の日付とする(バックデートする)のです。

この方法を取る場合のリスクとしては、契約書に押印する前に(つまり、契約が正式に成立する前に)取引を始めるため、万一、当事者の一方の気が変わり押印(契約成立)にまで至らなかった場合に、それまでに実際に行われた取引(活動)について契約上の根拠がないものということになってしまう点です。システム開発契約であれば、ベンダーが代金の支払いを請求できないリスクが生じます。このようなリスクが生じることがあるため、企業によっては、バックデートでの締結を禁止し、取引を開始するのは契約書に押印してからに限るというポリシーを取っているところもあると思います。

それでは、バックデートでの契約の締結も許容する企業の場合、契約締結日はいつにするのが良いのでしょうか。この場合は、実際に取引を開始した日にまで契約の効力を及ぼす必要がありますので(でないとその取引は契約の根拠のないものになってしまいます)、その日(実際に取引を開始した日)を契約締結日として記載すべきということになります。

※なお、契約締結日をバックデートする代わりに、契約の締結日は双方の押印日(実際に契約が成立した日)としたうえで、契約の効力発生日を別に契約書内で定めるという方法を取ることがあります。例えば、契約書に「本契約は契約締結日に関わらず〇年〇月〇日から効力を生じる」と定めるのです。この場合でも、契約締結日をバックデートすることと同じ効力を契約書に持たせることができます(契約成立前に取引を開始することのリスクも契約締結日をバックデートする場合と同じです)。こちらの方が、契約締結日の記載が正確なため、契約締結日をバックデートする方法よりも推奨されることがあります。

4.契約書の日付はどこまで正確に記載すべきか

当事者間で押印のタイミングが異なる場合、契約書の締結日を正確に記載するには、契約書を製本する段階では日付を空欄としておき、最後に押印する当事者が日付を手書きで記入する方法が考えられますが、日付を記入すべき当事者が誤って契約書の締結日の記入を忘れてしまうと、後からそのことに気づいたときに、いつの日付を入れるべきか確認に手間取ることもあります。

このような事態が生じるのを避けるため、契約書の締結日を記載(印字)したうえで、契約書を製本して押印することがあります。なお、取引の開始自体は双方の押印後に行うため、上記のバックデートの場合のリスク(契約成立前に取引を開始してしまうリスク)は生じません。

この場合、契約締結日として印字された日付と実際の押印日が合っていれば問題ありませんが、場合によってはズレてしまうこともあるかもしれません。もし仮にズレてしまうと、契約書の契約締結日の記載は不正確なものということになってしまいます。

契約締結日の記載の正確さを徹底するのであれば、印字された契約書の締結日までに確実に双方の押印が終わるようスケジュールを管理するか、あるいは、上記のように契約書に締結日を印字せずに手書きで記入するという方法を取ることになります。

他方で、契約締結日の記載が多少不正確であっても、契約の効力自体に影響はないため、多少のズレが生じても問題はないと割り切ってしまうのも一つの考え方だと思います。この辺は各企業のポリシーによって異なるのではないかと思います。

5.契約締結日を正確に記載した方が良い場合

これまで契約締結日のバックデートを容認する考え方(上記3)及び契約書の契約締結日の多少のズレを容認する考え方(上記4)について述べてきましたが、契約の中には、このような考え方を取れず、契約締結日を正確に記載した方が良い場合もあります。以下では、そのような場合についてみていきたいと思います。

5.1 企業のポリシーとして禁止している場合

企業によっては、契約書に契約締結日を正確に記載することを求めている場合があります(契約全般のこともあれば、特定の類型の契約についてのみ特に厳格にしている場合もあると思います)。これに違反すると社内規則違反となり懲戒の対象にもなり得るため、契約を締結する際は、契約締結日の記載について、事前に社内のポリシーを確認するのが肝要です。

5.2 要式契約に該当する場合

前述の通り、契約は原則として締結方式を問わずに成立させることができますが(民法522条2項)、契約類型によっては法令で書面(または電子的記録)での締結が求められている場合があります(これを要式契約といいます)。要式契約の例としては、保証契約(民法446条2項)や定期借家契約(借地借家法38条1項)が挙げられます。

要式契約では、書面で契約を締結して初めて契約の効力が発生するため、いつ契約を締結したのかが重要となってきます。そのため、要式契約に該当する場合は、契約書に契約締結日を正確に記載する必要があると考えられます。

5.3 適時開示の対象となる契約(上場企業)

東京証券取引所に上場する企業(東京証券取引所以外にも証券取引所はありますが、ここでは東京証券取引所を例とします)は、東京証券取引所の有価証券上場規程により、投資者の投資判断に著しい影響を及ぼす重要な事実が生じた場合に、直ちにその内容を開示することが義務付けられています(有価証券上場規程402条柱書き)。これを適時開示といいます。契約の成立が適時開示の対象となる場合、原則として当日の17時までに開示することが必要となります。

適時開示の対象となる契約については、適時開示を遵守するためにもいつ成立したかが重要となるため、契約書には契約締結日を正確に記載する必要があると考えられます。

5.4 業法による規制を受ける契約

業法には、事業者に対して、顧客との契約締結日を記録することを求めているものがあります。例えば、以下のような契約が対象となります。

〇下請代金支払遅延等防止法(下請法)の対象となる取引(下請法第5条、下請代金支払遅延等防止法第5条の書類又は電磁的記録の作成及び保存に関する規則第1条1項2号)

〇犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯収法)の対象となる取引(犯収法7条1項、犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則第24条2号)

このように下請法や犯収法では、いつ契約を締結したかを正確に記録化することを求めているため、契約書には契約締結日を正確に記載する必要があります。

以上のほかにも、業法では様々な規制があるため、規制対象となる事業を営む事業者については、適用を受ける業法を遵守して契約を締結しなければなりません。

6 終わりに

以上、契約の締結日について実務上悩ましく思う点を検討しました。特にバックデートで契約を締結する場合は、上記で述べたようなリスクがありますので、十分に注意された方が良いと思います。

Follow me!