実印と印鑑証明書の持つ意味とは?
不動産の売買など重要な契約を結ぶ際には、不動産業者や金融機関から実印と印鑑証明書の提出を求められることがあります。実印と印鑑証明書というと、何となく重要そうなイメージがありますが、それにどんな意味があるのかよく分からない方も多いのではないでしょうか。
この記事では、実印と印鑑証明書がどういう意味を持つのかをご説明したいと思います。
目次
1.実印、印鑑証明書とは?
「印鑑証明書」とは、「印影(印鑑を押した跡の形)が、あらかじめ届け出てある印鑑と同一であることを証明する官公署の文書」のことを言います(注1)。
現在は、市町村が印鑑証明事務を行っており、事前に、お住まいの(住民登録をしている)市町村に印鑑登録をしておけば、印鑑証明書(印鑑登録証明書)を発行してくれます。
そして、この市町村に印鑑登録をしている印鑑のことを「実印」と言います。
普段使いの印鑑を「認印」と呼ぶことがありますが、実印と認印の違いは、印鑑登録をしているかどうかにあるのです(どんなに立派な象牙の印鑑であっても、印鑑登録をしていなければ「認印」ということになります。)。
2.実印と認印に違いはあるか?
普段の生活では、実印を使うことは少ないと思います。認印を使うのがほとんどでしょう。実印を使うのは、例えば、不動産の登記申請をするときや、奨学金を借りる親族の保証人になるときなど、限られた場面だと思います。
何となく重要な文書には実印を押して、そうでない文書には認印を押すイメージがあると思いますが、実は、実印と認印には、法的な効力に違いはありません(注2)。
例えば、ある契約を結ぶために契約書に印鑑を押したら、それが実印であっても、認印であっても、契約が成立すること(したがって、その契約に法的に拘束されること)に変わりはないのです。
では、なぜ重要な文書には実印と印鑑証明書が要求されるのでしょうか。それは、実印と印鑑証明書の持つ機能(何を証明するのか)を考えれば分かります。
3.印鑑証明書は、何を証明するのか?
3.1 「誰の印鑑か?」の証明
印鑑証明書を見ると、①登録してある印影の写し、②登録者の氏名、生年月日、住所などが記載されています。
そして、③「この写しは、登録されている印影と相違ないことを証明する」といった証明文言が記載されています。
ここで直接に証明されているのは、「印鑑証明書に複写された印影(を顕出させる印鑑)の登録者(持ち主)が、印鑑証明書に記載された氏名、生年月日、住所により特定される人物(上の図で言えばXさん)であること」です。
つまり、印鑑証明書の印影と別の文書(契約書、申請書など)に押された印影が一致すれば、印鑑証明書に記載された人(登録者)の印鑑が、その文書(契約書、申請書など)に押されたことを証明できるのです。
3.2 「誰が押したか?」の証明
お気づきかと思いますが、これだけだと、その文書に「登録者の印鑑が押されたこと」の証明にはなっても、「登録者が印鑑を押したこと」の証明にはなりません(印鑑を盗まれて別の人が押した可能性などは残ります。)。
しかし、普通は、自分の印鑑(とりわけ実印)は、持ち主が慎重に管理しますので、別の人が押すことは考えにくいと言えます。
そのため、印鑑証明書があれば、特別の事情(実印を入れたバッグを誰かに盗まれ、警察に被害届を出していた場合など)がない限りは、「登録者が押したこと」を証明できるのです。
3.3 「何のために押したか?」の証明
印鑑証明書によって、「誰の印鑑か?」を証明でき、それにより、「誰が押したか?」の証明もできることが分かりました。
では、印鑑を押すことはどういう意味を持つのでしょうか?
例えば、「契約書に印鑑を押す」という行為の持つ意味を考えてみましょう。
普通に考えれば、契約書の内容を了承した上で、契約を結ぶために印鑑を押したのだと考えるのが常識的でしょう(契約書に押したのが実印であれば、なおさらです。)。
そのため、特別の事情(印鑑を押した後に、契約書の余白に勝手に条項を追加されたなど)がない限り、印鑑証明書があることで、登録者が「文書の内容を了承して印鑑を押したこと」(先ほどの例で言えば、契約を結んだこと)の証明にもなるのです。
3.4 「二段の推定」という考え方
上の「誰が押したか?」と「何のために押したか?」で述べたことは、「二段の推定」といって、裁判でも認められている考え方(解釈論)なのです(注3)。「誰が押したか?」が一段目の推定で、「何のために押したか?」が二段目の推定です。
例えば、AさんがBさんに100万円を貸す時に、Cさんに連帯保証人になってもらったとします。きちんと保証契約書を作り、Cさんに印鑑を押してもらいました。
その後、Bさんがお金を返さないので、Aさんは、連帯保証人であるCさんに100万円を請求しました。しかし、Cさんは、支払を拒絶したため、Aさんは、Cさんに対する裁判を起こしました。
裁判では、Aさんが、「AさんとCさんの間で保証契約が成立したこと」を証明しなければなりませんので、Aさんは、保証契約書を証拠として提出しました。
ところが、Cさんは、「その保証契約書に押された印鑑は私のものじゃない」とか「その印鑑は私のものだが、誰かが勝手に持ち出して押したものだ」とか「別の書類と間違えて印鑑を押しただけで契約を結ぶつもりはなかった」と嘘を言って、「私は保証契約を結んでいない」と主張してきました。
Cさんの言い分は真っ赤な嘘ですが、裁判官の目線では、保証契約書を見ただけでは、そこにCさんと同じ氏名の印鑑が押されていることが分かるだけで、それが「誰の印鑑で」、「誰が押したのか」、また、「何のために押したのか」までは分かりません。そのため、これだけでは、裁判官には、Cさんの言い分が嘘かどうかも分かりません。
このとき、保証契約書に押された印影と一致する印鑑証明書があれば、先程の「二段の推定」の論理により、特別の事情がない限り、裁判官に、「保証契約書に押された印鑑がCさんの印鑑であること」、「Cさんが保証契約書に印鑑を押したこと」そして「Cさんが保証契約を結ぶことを了承したから印鑑を押したこと」を認めてもらうことができるのです。
もちろん、印鑑証明書以外の方法で保証契約の成立を証明することもできますが、印鑑証明書があれば、その証明は格段に容易だと言えます。
3.5 実印と印鑑証明書の効力
以上のとおり、実印と印鑑証明書がセットになることで、第三者(例えば裁判官)から見ても、印鑑証明書記載の登録者が、その文書の内容を了承して印鑑を押したことが分かりますので、本人(登録者)の意思を確認する手段としてはもちろん、後日、紛争になった場合でも、本人(登録者)の意思を証明する手段として、大変に有用なのです。
そのため、重要な取引では、実印と印鑑証明書を要求されることが多いのです。
そして、実印と印鑑証明書は、裁判でも重要な証拠として扱われるため、なりすましを防ぐために厳重に管理する必要があるのです。
4.実印と印鑑証明書が必要な場面
4.1 法令で印鑑証明書の提出が義務づけられている場合
不動産を売却したり、抵当権を設定する場合、法務局に、所有権移転登記、抵当権設定登記の申請をしますが、その申請の際、印鑑証明書を提出することが法令で義務付けられています(不動産登記令16条)。
この他に、公証役場で公正証書を作成する際にも、印鑑証明書の提出が必要です(公証人法28条)。
4.2 実印と印鑑証明書の提出を求めた方が良い場合
既に述べたように、実印と認印でその法的効力に違いはありません。
実印と印鑑証明書を求める意味は、本人確認のため、そして後日、紛争になった場合の証拠(本人の意思を証明するための証拠)として残しておくところにあります。
しかし、本人確認の方法は、別の方法でも良いですし、紛争になる場合もそう多くはないと思いますので、いちいち印鑑証明書を求めるのは煩雑です。
それに、大して重要でもない書類にまで印鑑証明書を求められた側は、抵抗を示すと思いますので、印鑑証明書を求めることでトラブルが起こるかもしれません。
そこで、普通は、実印と印鑑証明書まで求めることはせず、認印で済ませることにし、万が一にも間違いがあってはならない重要な取引の場面でのみ、実印と印鑑証明書を求めるのが良いのだと思います。
5.印鑑の照合の仕方
実印と印鑑証明書が効力を持つためには、書類(契約書、申請書など)に押捺された印影と印鑑証明書の印影が同一のものでなければなりません。
では、印影の同一性の照合は、どうやって行えば良いのでしょうか。厳密に照合しようとすると、例えば、次の様な方法があります。
① 実印を押してもらう人に、実印を持ってきてもらう。
② 半透明の紙に実印(と思われる印鑑)を押捺する(この段階では実印かどうかの確認ができていない)。
③ ②の紙を印鑑証明書の上に置き、印鑑証明書の下から光をあてて、②の紙の印影と印鑑証明書の印影が重なるか確認する。
④ ③の確認が取れれば、②の印鑑は実印と判明するので、書類(契約書、申請書など)に、②の印鑑を押捺する。
しかし、実際はここまでやらずに、単純に、書類(契約書、申請書など)に押された印影と印鑑証明書の印影を相互に見比べたり、印鑑証明書の印影部分を半分に折って、書類(契約書、申請書など)に押された印影に重ねてみる方法で、照合する場合が多いのではないでしょうか。
6.印鑑証明書と印鑑登録証明書に違いはあるのか?
これまで「印鑑証明書」と記載してきましたが、実際に印鑑証明書を見ると「印鑑登録証明書」と書かれています。
印鑑証明制度は、以前は、「直接証明方式」と言って、印鑑証明書を発行して欲しい人は、市役所に実印を持って行き、市役所の職員が、窓口に来た人が持ってきた印鑑を押捺して出る印影と、登録してある印影とを肉眼で照合し、同一性が確認できた場合に、証明書を発行していました。証明書には、窓口に来た人が持ってきた印鑑が押され、「この印鑑は登録のものに相違ないことを証明する」という証明文言が記載されます。まさに、「印鑑証明」なわけです(注4)。
しかし、これでは、職員の事務負担が大きく、しかも、肉眼での照合のため、印鑑証明書の過誤発行も起こりました。
そこで、現在多くの市町村で使われている「間接証明方式」が登場しました。「間接証明方式」では、「印鑑登録原票」を複写機にかけて複写し、その複写された印影の写しが、登録されている印鑑(印影)と同一であることを証明する証明書を発行します。証明書には、印影の写しと、「この写しは、登録されている印影と相違ないことを証明する」という証明文言が記載されます。直接証明方式と違い、市役所の職員は、印鑑の同一性を証明しないので、名称も「印鑑証明書」から「印鑑登録証明書」に変わったわけです(注5)。
そのため、現在は、「印鑑証明書」ではなく「印鑑登録証明書」と呼ぶのが正確なのですが、昔からの名残で「印鑑証明書」と呼ばれることも多々あります。
つまり、「印鑑証明書」という名称も、「印鑑登録証明書」のことを指す意味で使われているので、両者の違いを気にする必要はないということです。
(参考文献)
注1 金子宏他編・「法律学小辞典(第4版補訂版)」(有斐閣2008年)p.39
注2 御室龍・「印(3)」(銀行法務21、590号)p.82
注3 裁判所職員総合研修所監修・「民事訴訟法講義案(再訂補訂版)」(2010年)p.211
注4 自治省行政局行政振興課・「印鑑証明事務の沿革と問題点」(ジュリスト519号)p.41
注5 御室龍・「印(2)」(銀行法務21、589号)p.87