NHK放送受信料訴訟の解説

NHKの受信料、高いですよね。

支払方法や前払をするかによって金額は変わってきますが、最も安いクレジットカードの支払いで12か月前払いをする場合でも、1か月あたり約2000円かかります(衛星契約の場合)。

NHKを視ている人ならまだ納得できるでしょうが、NHKを視ない人の中には、「どうしてNHKに金を払わなきゃいけないんだ!!」という気持ちになる人もいるでしょう。

しかし、放送法によって、テレビを設置している人は、NHKと受信契約を結ぶことが強制されています。

放送法64条1項本文

協会(注:NHKのことを指します)の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。

この規定があるために、テレビを設置している人は、NHKと放送受信契約を結び、受信料を支払わなければなりません。

そうは言っても、視てもいないNHK番組のために、高い受信料を払わないといけないのは、どうにも腑に落ちません。

そもそも、「契約締結自由の原則」(契約を締結しない自由を含む)は、近代契約法の大原則ですから、「NHKと契約を結ばずに、民放だけを視る」という選択肢もあってしかるべきとも思えます。

NHKと受信契約を結ぶことを強制する放送法は、契約の自由等を侵害する憲法違反の規定なのか?

この問題について、平成29年12月6日に、最高裁判所の判決が下されました。

この記事では、その内容について解説したいと思います。

1.争いとなった点

1.1 争点の整理    

① 放送法64条に基づき、NHKと受信設備設置者との間で放送受信契約が成立するのはいつか?

(NHKが受信設備設置者に対して受信契約の申込みをしたときか?それとも、NHKの申込みに対して、受信設備設置者が承諾をしたときか?)

② NHKを視る視ないに関わらず、受信設備を設置する者にNHKの受信料を負担させることは、憲法上許容されるか?

③ ②が許容されるとした場合に、受信料を負担させるために、NHKが定めた契約内容で、受信契約の締結を強制するという方法を採ることが、憲法上許容されるか?

④ ②、③が許容されるとした場合に、受信料の支払い義務が生じるのは、受信契約を締結した月からか、それとも受信設備を設置した月からか?

⑤ 受信料の支払い義務が受信設備を設置した月から生じるとした場合、過去の受信料債権は、消滅時効にかからないのか?

(他にも細かい争点はありますが、大筋からは外れるので省略しました。)

1.2 具体例(Aさんの場合)    

争点を列挙しただけだと、いまいち分かりづらいので、具体例を見てみましょう。

Aさん(22歳男性)は、実家で両親と暮らしていましたが、実家を出て、マンションを借りて一人暮らしをすることになりました。平成29年5月に引っ越しが済み、新しいテレビも買いました。そうしたところ、平成29年11月に、Aさんの家に郵便物が届きました。郵便物は、NHKが送ってきたもので、NHKとの放送受信契約書に署名押印して返送するよう催告する書類が入っていました。書類には放送法でNHKと放送受信契約を締結することが義務づけられていると説明がありますが、NHKを全く視ないAさんは、NHKとの契約を結びたくありません。

この場合、

Q1 NHKから契約書が届いた時点で、AさんとNHKとの放送受信契約が成立するのか、それとも、Aさんが契約書に署名押印してNHK宛に返送したときに放送受信契約が成立するのか?

Q2 NHKを視ないAさんにも、受信料を負担させる放送法の規定は、おかしくないのか?

Q3 NHKに受信料を支払わないといけないとしても、価格交渉の余地なく、NHKの定めた受信料で契約を締結することを強制されるのは、おかしくないのか?

Q4 Aさんが、平成29年11月に、放送受信契約書に署名、押印して、NHKに返送した場合、受信料が発生するのは、テレビを設置した平成29年5月からか、それとも、契約書に署名、押印した平成29年11月からか?

Q5 仮に、Aさんが、NHKからの催告を無視し続け、10年後に、NHKから裁判を起こされ、Aさんの敗訴が、平成40年5月に確定した場合、Aさんは、平成40年5月分以降の受信料に加え、平成29年5月分から平成40年4月分までの受信料全てを支払わなければならないのか、それとも、一部は、時効によって支払わなくてもよいのか?

というのが、本裁判で争いとなった点です。

2.最高裁は今回の裁判でどのような結論を下したのか

2.1 結論の整理    

① 放送法64条に基づき、NHKと受信設備設置者との間で放送受信契約が成立するのはいつか?

→ NHKの申込みに対して、受信設備設置者が承諾をしたとき。

 (裁判になった場合は、NHKの勝訴が確定したとき)

 ② NHKを視る視ないに関わらず、受信設備を設置する者にNHKの受信料を負担させることは、憲法上許容されるか?

→ 憲法上許容される。

③ ②が許容されるとした場合に、受信料を負担させるために、NHKが定めた契約内容で、受信契約の締結を強制するという方法を採ることが、憲法上許容されるか?

→ 憲法上許容される。

④ ②、③が許容されるとした場合に、受信料の支払い義務が生じるのは、受信契約を締結した月からか、それとも受信設備を設置した月からか?

→ 受信設備を設置した月から受信料の支払い義務が生じる。

⑤ 受信料の支払い義務が受信設備を設置した月から生じるとした場合、過去の受信料債権は、消滅時効にかからないのか?

→ 消滅時効にかからない。

2.2 Aさんの例に当てはめると    

最高裁の結論を、さきほどのAさんの例に当てはめると、次のとおりになります。

Q1 NHKから契約書が届いた時点で、AさんとNHKとの放送受信契約が成立するのか、それとも、Aさんが契約書に署名押印してNHK宛に返送したときに放送受信契約が成立するのか?

A1 Aさんが、放送受信契約書に署名、押印して、NHKに契約書を返送したときに、放送受信契約が成立します。

Q2 NHKを視ないAさんにも、受信料を負担させる放送法の規定は、おかしくないのか?

A2 NHKを視ないAさんも、受信料を払わなければなりません。

Q3 NHKに受信料を支払わないといけないとしても、価格交渉の余地なく、NHKの定めた受信料で契約を締結することを強制されるのは、おかしくないのか?

A3 おかしくありません。Aさんも、NHKの定める契約内容で放送受信契約を結ばないといけません。

Q4 Aさんが、平成29年11月に、放送受信契約書に署名、押印して、NHKに返送した場合、受信料が発生するのは、テレビを設置した平成29年5月からか、それとも、契約書に署名、押印した平成29年11月からか?

A4 Aさんは、平成29年5月分から受信料を払わなければなりません。NHKの担当者によっては、「平成29年11月分からで良いですよ。」と言ってくれるかもしれませんが、それはNHK側のサービスです。

Q5 仮に、Aさんが、NHKからの催告を無視し続け、10年後に、NHKから裁判を起こされ、Aさんの敗訴が、平成40年5月に確定した場合、Aさんは、平成40年5月分以降の受信料に加え、平成29年5月分から平成40年4月分までの受信料全てを支払わなければならないのか、それとも、一部は、時効によって支払わなくてもよいのか?

A5 Aさんは、平成29年5月分からの受信料を全て払わないといけません。NHKからの催告を無視し続けても、時効で逃げることはできません。

3.最高裁が放送法の規定を合憲とした理由

NHKを視ていないのに、どうして受信料を支払わないといけないのでしょうか。それも、NHKの言い値で。

その理由について、最高裁は、概ね次のように述べています。

① 放送は、国民の知る権利を実質的に充足し、健全な民主主義の発達に寄与するものとして、国民に広く普及されるべきものである。

② ただし、電波は有限であり、国際的に割り当てられた範囲内で公平かつ能率的に利用する必要があるので、国による一定の規律が必要である。

③ そこで、国会には、①の目的を実現するのにふさわしい、放送事業及び放送の受信の制度を構築することにつき、立法裁量が認められる。

④ 放送法は、①の目的を実現するため、放送の主体として、公共放送事業者と民間放送事業者の二本立て体制を採用した。そして、放送法は、公共放送を担うNHKに対して、営利目的の放送や広告放送を禁止する代わりに、特定の個人、団体、公共機関から財政面での支配や影響が及ばないよう、受信設備設置者に受信料を負担させることで、財源を確保する仕組みを採ったのである。

⑤ ④のような仕組みは、今日においても合理的なものであるから、憲法上許容される立法裁量の範囲内にあることは、明らかである。

⑥ また、受信契約の内容は、NHKが総務大臣の認可を受けた適正・公平なものであるから、NHKが定めた契約内容での受信契約の締結を強制することも、憲法に違反するものではない。

⑦ 国会が定めた④の仕組みの枠を離れて、民放だけを視る自由のようなものが、憲法上保障されているとはいえない。

要するに、

放送事業は、NHKと民放がセットになって構築されているので、民放だけを視るという選択肢は選べません。テレビを視るのであれば、NHKの受信料を支払いなさい。このような放送事業の制度は、国民の知る権利の充足や民主主義の発展に適うので、憲法違反ではありません。

ということですね。

4.最高裁は、NHKの主張を全面的に認めたのか?

4.1 NHKが本当に欲しかった判決は今回の判決ではない    

今回、最高裁は、放送法の規定を合憲としましたが、NHKの主張を全て受け容れたわけではありません。

というのも、NHKは、放送法の解釈について、「NHKが放送受信契約書を送った時点で、放送受信契約は成立する。」と主張したり、「NHKの催告を無視して受信料を支払わないのは違法な行為(不法行為)だから、放送受信契約を結ばない者は、受信料と同額の損害賠償義務を負う。」などと主張していました。

これに対して、最高裁は、「NHKが訴訟を起こし、NHKの勝訴が確定してはじめて放送受信契約が成立するのであり、それまでは受信料の支払い義務(またはこれに代わる損害賠償の支払い義務)は生じない。」と判断したのです。

どう違うか分かりづらいとは思いますが、NHKの主張のポイントは、受信料を支払わない人に対する法的措置の取り方に関わってきます。

仮に、NHKの主張を前提とした場合、NHKが契約書を送ることで、NHKには、受信設備設置者に対して受信料を請求する権利が発生するのですが、この権利を行使する方法としては、訴訟を起こすという方法の他に、より簡便な手段として、支払督促という方法が使えます。

両者の違いは、訴訟を起こした場合は、NHKの代表者(または弁護士)がいちいち裁判所に出頭しなければなりませんので、大量の受信料滞納者を相手にする場合には、非常にコストと時間がかかるのに対し、支払督促の場合、裁判所との間で書類の郵送処理をするだけで済みますので(申立手数料も訴訟より安い)、コストと時間を節約できるのです(訴訟でも支払督促でも最終的には、強制執行まで進めることができます。)(注1)

他方で、NHKが訴訟を起こし、NHKの勝訴が確定してはじめて放送受信契約が成立すると解釈した場合(今回の最高裁の立場)は、法的には、NHKの勝訴が確定するまでは、受信料を請求する権利が生じないため、NHKは、訴訟を起こさずに支払督促によって受信料を強制的に徴収する、という方法を採ることができません(なお、NHKとの間で任意に放送受信契約を結んだにもかかわらず受信料を払わない人に対しては、支払督促を利用することができます。)。

NHKとしては、大量の受信料滞納者ひとりひとりに対し、訴訟を起こしたくないでしょうから、今後の受信料請求に備えて、支払督促を使えるような判決が本当は欲しかったのだと思います。

4.2 最高裁からNHKへのメッセージ    

しかし、最高裁は、このようなNHK側の狙いを退けました。

その理由について、最高裁は、放送法の沿革、規定の仕方などを取り上げる他に、次のようなことを述べています(判決文を分かり易くするため、一部、加筆修正しています。)。

「公共放送を担うNHKの財政的基盤を安定的に確保するためには、基本的には、NHKが、受信設備設置者に対し、放送法に定められたNHKの目的、業務内容等を説明するなどして、受信契約の締結に理解が得られるように努め、これに応じて受信契約を締結する受信設備設置者に支えられて運営されていくことが望ましい。」

最高裁はNHKに対して、「NHKは、一方的に受信料を徴収するだけでなく、きちんと、NHKの意義を説明して、理解が得られるよう努力しなさい」、というメッセージを送っているように思われます。

5.想定されるNHKの今後の対応

今回の判決により、放送法の規定が合憲であることが確定しました。

同時に、NHKが、テレビを設置しているのに放送受信契約を結ばない人から受信料を徴収するためには、その人に対して、裁判を起こすことが必須となりました。

受信料は、10年分滞納した場合でも数十万円ですので、その徴収のために滞納者ひとりひとりに対して裁判を起こすのは、費用対効果の面から見て割に合わないため、NHKが、今後、滞納者に対して、積極的に訴訟を起こすかどうかは分かりません。

しかし、今回、最高裁判決となった事案でも、NHKの請求金額は、二十数万円のようですし、受信料をきちんと支払っている人との不公平を解消するのは、公共的性格を持つNHKの責務とも言えるでしょうから、「どうせNHKは訴訟を起こしてこないだろう」と高をくくっていると、ある日突然、NHKから訴えられるかもしれません。

もし、このサイトを閲覧されている方で、NHKの受信料を支払っていない方がいましたら、きちんと受信料を支払うのが無難でしょう。

普段、NHKを視ない人も、大震災などの災害が起こった際には、NHKのお世話になることもあるでしょうから、嫌だと言わずにね。

6.残された問題

今回の判決で、放送法の規定が合憲であることは確定しましたが、その他に、残された問題もあります。

6.1 ワンセグ機能付き携帯電話を持つ人は、受信料を支払わないといけないか?    

放送法64条は、「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」に対し、NHKと受信契約を結ぶことを義務づけています。

テレビを視聴できるワンセグ携帯が、この「受信設備」に該当するかについては、下級審裁判例で判断が分かれているようですので、将来的に、最高裁で統一的な判断が下される可能性があります。

6.2 そもそも現行の受信料の徴収制度は妥当なものなのか?    

現行の放送法は、NHKとテレビ設置者が個別(世帯毎)に放送受信契約を結ぶことで、NHKの財源を確保する制度を採っています。このような制度は、国の予算に左右されずに運営できるというメリットがある反面、テレビ設置者を見逃したり、徴収コストを嫌って法的措置が放置されやすくなる(それにより、真面目に受信料を支払っている人との間で不公平が生じる)というデメリットがあります。

海外の公共放送料金の徴収方法をみると、税金や電気料金と一緒に徴収する方法を採るところもあるようなので、現行の受信料の徴収制度が妥当なものかどうか今一度考え直す必要があるように思われます。

7.NHK訴訟最高裁判決のポイント(まとめ)

① 受信設備(テレビ等)の設置者に対し、NHKとの放送受信契約の締結を強制する放送法の規定は、合憲である。

② NHKが、任意に受信契約を結ばない人に対して、受信料を請求するためには、受信契約の締結と受信料の支払いを求める訴訟を起こす必要がある。

③ ②の訴訟につき、NHKの勝訴が確定した場合、敗訴した受信設備設置者は、受信設備を設置した月に遡って受信料を支払わなければならない(時効を理由に逃げることはできない。)。

<参考にしたサイト等>

注1 裁判所ホームページ(支払督促に関する説明ページ)

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