知的障害者の方との付き合い方
先日、東海道新幹線内で男性が鉈を振り回し、男女3人が殺傷される事件が起きました。
報道によると、事件を起こした男性は、精神科病院への入院歴があるようで、自閉症スペクトラム障害などの発達障害を持っていた可能性が高いとされています。
このような報道に接すると、「精神障害者は危険だから社会から隔離すべきだ」と考える人もいるでしょう。
私自身、少し前まで、知的障害者の方とはあまり関わりたくないという気持ちがありました。
しかし、以前の職場に軽度の知的障害を持ち、過去に窃盗や傷害などの事件を起こした方(「Aさん」と呼びます)がいたのですが、その方の生い立ちを聞いたときには、知的障害者とどう付き合っていくべきか真剣に考えさせられました。
知的障害者の場合、異常な行動がクローズアップされやすいですが、問題行動を起こした知的障害者が、どんな人生を送ってきたのかは知らない方も多いと思います。
まずはAさんの話をしましょう。
Aさんは、お父さんが会社員、お母さんが専業主婦という家庭の長男として生まれました。Aさんの兄弟にはお姉さんが1人います。4人暮らしの、ごく一般的な家庭です。
Aさんは、地元の市立の小学校に通っていたようですが、小学校5年生頃からは、実家を離れ、児童自立支援施設(不良行為をしたり、家庭環境の理由から生活指導が必要な児童を預かり、教育、指導する施設)に入所することになり、中学卒業まで施設で暮らしていました。Aさんによると、子どもの頃から問題行動(友達のカードを盗む、物に火をつけるなど)を繰り返していたようで、親に怒られることが多かったようです。
施設に入所したAさんは、両親から見放されたと思ったようです。それでも、施設では、勉強を頑張り、地元の公立高校に合格しました。
Aさんは、中学卒業と同時に施設を退所し、実家に戻って暮らすようになりましたが、高校入学後、しばらくして非行を繰り返すようになりました。近所のコンビニやスーパーで万引きをしたり、ごみに火をつけたりしました。すぐに事件が発覚し、Aさんは少年鑑別所(約3~4週間身柄を拘束され、その間、非行をした原因や家庭環境などを調査する施設)に入れられ、家庭裁判所の少年審判(成人でいう刑事裁判)を受けました。
審判結果は、保護観察処分(成人でいう執行猶予判決みたいなもの)となり、家に戻ることができましたが、高校は退学することになりました。その後、しばらくして、万引きや傷害事件を起こして捕まってしまい、今度は少年院に送致されてしまいました。
少年院を出てからは、実家に戻らず、田舎の祖父母の家で暮らすことになりましたが、そこでもまた同じような事件を起こしてしまい、また少年院に入ることになりました。どうして非行を繰り返したのかを聞くと、ストレスがたまって、むしゃくしゃしてたからだそうです。
結局、Aさんは、2度少年院に入ることになりましたが、その間に行われた調査によって、Aさんには自閉症スペクトラム障害の疑いがあると診断され、2回目の少年院を出てからは、地域生活定着支援センター(少年院や刑務所を出所した人のうち福祉的な支援を必要とする人が自立的な生活が送れるように支援する団体)の支援を受け、グループホーム(福祉関係者が運営する知的障害者の共同住宅)に入所することができました。
Aさんは、グループホーム入所後は、問題行動を起こすこともなく、障害者雇用の枠で就職して、問題なく仕事をしていました。Aさんは、以前は、ストレスがたまると万引きをしたり火をつけたりしていたようですが、グループホームに入ってからは、自分の話を親身になって聞いてくれる職員の方がいるようで、上手くストレスをコントロールできているみたいです。
Aさんとは、職場が一緒だったこともあり、仲良くなって以上のような話を聞かせてもらいました(プライバシーへの配慮のため少々事実関係を変えてはいます)。Aさんは、知的障害があるといっても軽度のもので、見た感じも話し方も普通でしたので、最初話を聞いたときは驚きました。同時に、私自身、それまで知的障害者を遠ざけているところがありましたが、実際にAさんの生い立ちを聞いて、Aさんのような方とどう付き合っていくべきなのか、深く考えさせられました。
知的障害があるからと言って、知的障害者が全員罪を犯すわけではありません。Aさんもそのことは分かっていて、過去に犯した罪について病気のせいにせず、反省していると言っています。
ただ、Aさんの話を聞いていると、罪を犯した原因は、Aさん(とその知的障害)だけにあるわけではないように思いました。Aさんは、問題行動を起こして児童自立支援施設に入れられて、家族からの愛情を十分受けることなく、むしろ、家族からは厄介者扱いをされて育ったようです。自閉症スペクトラム障害の特性には、コミュニケーションの不全、こだわりの強さ(自分のこだわりを邪魔されると騒いだり塞ぎこむ)、他人の気持ちに対する想像力の乏しさ(他人に迷惑をかける行動でも、害意があるわけではなく、単純にどうしてそれがいけないことなのかが分からない)があるようで、無自覚のうちに他人をイラッとさせたり、他人に迷惑をかけてしまうことが多いようです。そのため、家族に厄介者扱いされ、相談できる友人もできず、ひとりぼっちになってしまい、そのことがストレスになり、むしゃくしゃして、事件を起こしたのだと想像できます。
結局のところ、知的障害があるから問題行動を起こすのではなく、知的障害があるために、周囲(健常者)の理解を得られず、だんだんと孤立していき、ストレスがたまり、最終的に、そのストレスが爆発して、問題行動を引き起こしてしまう、というプロセスをたどるのだと思います。
そうすると、知的障害者を安易に遠ざけるのではなく、知的障害者の特性を理解したうえで、社会の中に受け容れる(孤立させない)ことが、大切なのではないでしょうか。
冒頭の新幹線の事件に戻りますが、報道によると、事件を起こした男性は、中学2年生の頃から不登校になり、両親との折り合いも悪くなったため、実家を出て自立支援施設に入所し、施設から定時制高校に3年間通った後、卒業後に、1年間職業訓練を受け、機械修理会社に就職したようです。その後は、人間関係を理由に退職し、母方の祖父母と同居するようになり、祖母と養子縁組をしたようです。男性は、平成29年2~3月に精神科病院に入院し、自殺願望を語るようになり、事件の半年ほど前に、「旅に出る」と言って祖父母方を出ていったきり音沙汰がなかったところ、今回の事件を起こしたとのことです。男性には、自閉症スペクトラム障害があったのではないかと推測する報道もあります。
最初、この男性の生い立ちに関する報道に接したとき、Aさんに似ているなと思いました。想像ですが、Aさんと同じように、この男性も、幼少から施設に入れられ、両親からの愛情を十分に受けることなく、大人になったのだと思います。そして、祖母と養子縁組をしている(両親の戸籍から抜けている)ことからすると、恐らく、この男性は両親から完全に縁を切られてしまったのだと思います(事件後の男性の父親のコメントも他人事のようなものでした)。また、会社でも自身の持つ障害の特性を理解されず、人間関係を上手く築けずに孤立してしまったのではないかと思います。そうして、社会の中で生きづらさを感じ、自殺願望を持つようになった結果、「もうどうなってもいい」と思うようになり、今回のような凶行に及んでしまったのではないでしょうか。そうだとすれば、この男性もまた、社会から阻害された被害者のようにも見えてきます(なお、男性の両親を責める意見もありますが、両親にも苦労や悩みがあったでしょうから、家庭の事情を知らない第三者が両親を責めるべきではないと思います)。
もちろん、多少同情する面があったとしても、この男性を全面的に擁護するつもりはありませんし、人を殺めているのですから、自らが犯した罪について、きちんと償ってもらいたいと思います。
ただ、この事件に接して、健常者が「精神障害者は危険だから社会から隔離すべきだ」と考えてしまっては、ますます、知的障害者に生きづらい社会になってしまいます。
知的障害を持つか持たないかは偶然に過ぎず、誰しもが自分や自分の家族が知的障害を持つ可能性はあるわけです。当然、知的障害を持ったことについて、知的障害者自身に責任はありません。知的障害者とはコミュニケーションがとりづらいところはあるかと思いますが、だからといって知的障害者を厄介者扱いせず、そういう特性を理解した上で、受け容れる広い度量が健常者には必要なのだと思います。そうして、知的障害者が孤立しない社会にすることで、こうした凶行を未然に防げるのではないでしょうか。
今回の事件報道は、知的障害者の方との関係について、色々と考えさせられるものでした。
(事件報道)
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180613-00543575-shincho-soci
https://www.nikkansports.com/general/news/201806110000187.html
*知的障害者の方との付き合い方について勉強になった書籍をご紹介します。
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